2015 devotion

愛は事上錬磨

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『事上錬磨』(じじょうれんま)
実際に行動や実践を通じて、知識や精神に磨きをかけること。
「事上」=行動や業務をしながらという意。
「錬磨」=磨きをかけること。
日常の業務をしっかりとこなして、それを通じて修養することが真の学問だとする考え方。

 

1.試された役人

ヨハネ4:46〜50
イエスは再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、かつて水をぶどう酒にされた所である。さて、カペナウムに病気の息子がいる王室の役人がいた。
この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞いて、イエスのところへ行き、下って来て息子をいやしてくださるように願った。息子が死にかかっていたからである。
そこで、イエスは彼に言われた。「あなたがたは、しるしと不思議を見ないかぎり、決して信じない。」
その王室の役人はイエスに言った。「主よ。どうか私の子どもが死なないうちに下って来てください。」
イエスは彼に言われた。「帰って行きなさい。あなたの息子は直っています。」その人はイエスが言われたことばを信じて、帰途についた。

★カペナウムの王室の役人 ⇒ 地位のあるユダヤ人

★死にかかっている息子がいた ⇒ 助けたい一心の親心

★イエスのいるカナまで40km離れている⇒ 環境的試練

★48節のイエスの言葉 ⇒ 見ないで信じるための試み

【デボーション参考ポイント】

神の愛を信じることの試みの目的は何だと思いますか?

2.人の心は試されなければならない

箴言17:3
銀にはるつぼ、金には炉、人の心をためすのは主。

【内容観察】

銀の鉱石から不純物を取り除き、純銀とするためにはるつぼを用いる。
また、金の鉱石から純金を取り出すためには炉が必要である。価値あるものも混ざり物であるなら価値が下がる。同じように、人が人として尊ばれるようになるために人の心を聖い愛とされるのは、愛の神であられる天地の主が人を試みられることによる。

【デボーション参考ポイント】

カナでなされた二つの奇蹟を通して、純真で聖い愛について教えられることは何でしょうか?

 

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