2015 devotion

愛は母望之人

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『母望之人』(ぶぼうのひと)
思いがけなく助けてくれる人のこと。

1.(ヨハネ4:13〜18)

4:13
4:14
 
 
4:15
 
4:16
 
4:17
 
4:18

イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。
しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」
女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」
イエスは彼女に言われた。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
女は答えて言った。「私には夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。
あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。」

★『水』⇒『渇きを潤す水』⇒ 喉の渇きと心(霊・魂)の渇き

★(ヨハネ4:4)「サマリヤを通って行かなければならなかった」
・ユダヤ人にとってのサマリヤ人⇒偶像礼拝者、汚れた者、敵対者

【考えてみましょう】

(1)『心(霊・魂)が渇く』とは、どういう意味でしょうか?

 

(2)なぜ、サマリヤを通らなければならなかったと思いますか?

 

(3)女性の心(霊・魂)は、どのような状態だと思いますか?

 

(4)イエス様は女性に何を気づかせようとされたのでしょうか?

 

(5)イエス様と出逢った女性は、どのような思いに変わったでしょうか?

 

【デボーション参考ポイント】

あなたの心(霊・魂)は、何によって潤されていますか?

参考のみことば(ヨハネ7:37〜39)
さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。

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