ピリピ1:20〜22
それは、私がどういうばあいにも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現わされることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。しかし、もしこの肉体のいのちが続くとしたら、私の働きが豊かな実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいのか、私にはわかりません。
|
この地上に生きていくとはどういう意味なのか。また、肉体の死を迎えるとはどういうことなのかを、この度の大震災や福島第一原子力発電所事故を通して考え直してみましょう。
【敬聴】
|
|