2011  devotion

全き喜び

 

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第1ヨハネ1:4
私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。


1.第1ヨハネ1:4について

「私たち」→手紙を書いたヨハネとその関係者
「これらのこと」→この手紙に書かれてある事柄
「私たち」→神様とヨハネたちと手紙を読む人々
「全き」→満たす、成就する、全うする、実現する、埋める

【敬聴】
ヨハネはこの手紙の1節から4節において、壮大な神のみこころを私たちに語っている。それは、全宇宙が喜びに満ちることである。

2.「全き喜び」を考える

A)マタイ25:21(23)
その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

主人としもべの関係
忠実さの結果をともに喜ぶことを求めている
主人の喜びは、利己的な動機からではない。では、どのような動機からしもべに、ともに喜ぶことを求めたか?

B)ルカ15:6、9
帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。
見つけたら、友だちや近所の女たちを呼び集めて、『なくした銀貨を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。

友達や近所の人という親しい関係
見つけ出したことをともに喜ぶことを求めている
どうして、友人や近所の人たちを呼び集めて一緒に喜んだのか?

C)ルカ15:32
だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。

長男と父親という関係
当然、喜ぶべきこととして、喜ぶことを求めている
なぜ当然なのか? また長男は、当然のことができなかったのか?

3.「互譲満喜」の交わり

エペソ4:32
お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。

「互譲満喜」の意味
互いの利益を図って譲り合い、喜びがお互いの間に満ちること
神様は、全き喜びのために、私たちの罪を赦すための譲歩はできないとは考えず、贖いの御業を成就された。
譲ることが喜びを消してしまうなら、互譲満喜の交わりにはならない。喜びが消える原因は、利己的喜びを求めているからである。

【敬聴】
 

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