2010  devotion

飲鴆止渇 いんちんしかつ

もたらされるであろう結果に対して考慮を払わずに、当面の問題にだけ対処すること。

 

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ルカ12:5
恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。

【今週のポイント】

死後の世界があることをわきまえた生活を送る

 

1.死後の世界について

A)その呼び名
創世記37:35
彼の息子、娘たちがみな、来て、父を慰めたが、彼は慰められることを拒み、「私は、泣き悲しみながら、よみにいるわが子のところに下って行きたい。」と言った。こうして父は、その子のために泣いた。

ヘブル語=sheol(シェオール)
ギリシャ語=hades(ハデス)
日本語=よみ、黄泉、陰府
英語=hell

下界のことをさし、地下における死者の住居の世界と考えられていた。

B)ハデスはどのようなところ?
ルカ16:19〜26
ある金持ちがいた。いつも紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。ところが、その門前にラザロという全身おできの貧しい人が寝ていて、金持ちの食卓から落ちる物で腹を満たしたいと思っていた。犬もやって来ては、彼のおできをなめていた。さて、この貧しい人は死んで、御使いたちによってアブラハムのふところに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、アブラハムが、はるかかなたに見えた。しかも、そのふところにラザロが見えた。彼は叫んで言った。『父アブラハムさま。私をあわれんでください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で、苦しくてたまりません。』アブラハムは言った。『子よ。思い出してみなさい。おまえは生きている間、良い物を受け、ラザロは生きている間、悪い物を受けていました。しかし、今ここで彼は慰められ、おまえは苦しみもだえているのです。そればかりでなく、私たちとおまえたちの間には、大きな淵があります。ここからそちらへ渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらへ越えて来ることもできないのです。』

1)二つに分けられている(v22〜23)
さて、この貧しい人は死んで、御使いたちによってアブラハムのふところに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、アブラハムが、はるかかなたに見えた。しかも、そのふところにラザロが見えた。

アブラハムのふところ⇒慰めの場所。
ハデス⇒炎があり、そこは渇きと苦しみがある。

2)分けられる基準(v25)
アブラハムは言った。『子よ。思い出してみなさい。おまえは生きている間、良い物を受け、ラザロは生きている間、悪い物を受けていました。しかし、今ここで彼は慰められ、おまえは苦しみもだえているのです。

地上における様々な不公平や矛盾を、死後の世界で公平に戻されることが基準となる。

3)へだたりがある(v26)
そればかりでなく、私たちとおまえたちの間には、大きな淵があります。ここからそちらへ渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらへ越えて来ることもできないのです。』

完全に分けられているということは、地上での行いに対して、死後の世界において清算される時は、酌量の余地は全くないということである。

【参考】(マタイ7:2)
あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。

C)最後の審判ではない死後の世界
黙示録20:13〜15
海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。

最後の審判のときに死とハデスは、裁きを受けて火の池に投げ込まれている。いのちの書に名がしるされていない者も同じである。

【考えてみましょう】
キリストにある選び(エペソ1:4)は、黙示録3:5から考えるとどんなことが分かってくるでしょうか。

エペソ1:4
すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。

黙示録3:5
勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。そして、わたしは、彼の名をいのちの書から消すようなことは決してしない。わたしは彼の名をわたしの父の御前と御使いたちの前で言い表わす。

2.死後の世界を考慮する生活のために

A)今、熱心に神とともに歩んでいる人(ヘブル6:11)
そこで、私たちは、あなたがたひとりひとりが、同じ熱心さを示して、最後まで、私たちの希望について十分な確信を持ち続けてくれるように切望します。

B)今、普通(中途半端)に生活をしている人(ヘブル10:25)
ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。

C)今、困難や苦しみの中にある人(ヤコブ5:7〜8)
こういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです。

D)今、罪から離れないでいる人(第1コリント15:34)
目をさまして、正しい生活を送り、罪をやめなさい。神についての正しい知識を持っていない人たちがいます。私はあなたがたをはずかしめるために、こう言っているのです。

死後のことを考えない「飲鴆止渇」という愚かな人生を送ることのないようにしましょう。

 

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