2009  devotion

欣喜雀躍 きんきじゃくやく

雀が飛び跳ねるように、こおどりして喜ぶこと。

 

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詩篇28:7
主は私の力、私の盾。私の心は主に拠り頼み、私は助けられた。それゆえ私の心はこおどりして喜び、私は歌をもって、主に感謝しよう。

私たちはこおどりして主を喜ぶ賛美を、毎週の聖日礼拝で感謝をもって歌います。義理としてではなく心からの賛美を歌うことができるように心がけたいものです。

1.こおどりして喜ぶのは、助けられたから

A) おりにかなった助け(ヘブル4:16)
ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

神のご計画が妨げられないように与えられる助け。

B) この世の教えの奴隷から贖なわれた(ガラテヤ4:3〜5)
私たちもそれと同じで、まだ小さかった時には、この世の幼稚な教えの下に奴隷となっていました。しかし定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです。

神様の助けは、私たちが永遠の滅びに至らないように、つまり的外れをしないためののものです。
ですから、思い通りの助けが得られないから、神の助けがないと結論づけることのないようにしましょう。

【考えてみましょう】
心がこおどりして喜ぶほどにまで、神の助けを思いめぐらしましょう。

2.心がこおどりして喜べない自問自答

詩篇42:5
わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。

A)私は罪の奴隷であることの恐ろしさに気づいているだろうか?
箴言7章に出てくる『女』は罪を象徴しています。
罪の恐ろしさを、しっかりと心に刻んでおきましょう。

B)私は神の子とされた素晴らしさに気づいているだろうか?(箴言11:22)
美しいが、たしなみのない女は、金の輪が豚の鼻にあるようだ。
美しい=金の輪=金は神聖さを象徴
たしなみのない女=豚=豚は罪と汚れの象徴
的外れの心、すなわち神を畏れる正しい良心を自覚しない者は、神の国についての素晴らしさを感じることはない。
(良心=この世の常識を基準とした価値観=時代とともに変化)
(正しい良心=神を敬うことを基準とした価値観=神の価値観)

【考えてみましょう】
肉の欲望の叫びを満たすために救い主を信じているのか、それとも、正しい良心の叫びを聞いていただくために信じているのか。

 

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