2006  devotion

自由闊達 じゆうかったつ
心が広くて小さな物事にこだわらず、のびのびしているさま。
度量が大きく、頼りがいのあるさま。

 

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第2コリント1:12
私たちがこの世の中で、特にあなたがたに対して、聖さと神から来る誠実さとをもって、人間的な知恵によらず、神の恵みによって行動していることは、私たちの良心のあかしするところであって、これこそ私たちの誇りです。

7月3日(月)〜7月8日(土)
下記のポイントから自由にデボーションしてください。 
 

良心があかしするところの神の恵みによる行動を見に付けるために、神の恵みについて正しい理解を持って行動していきましょう。


1.与えられている神の恵みとは?

第2コリント8:1〜4
さて、兄弟たち。私たちは、マケドニヤの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせようと思います。苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。私はあかしします。彼らは自ら進んで、力に応じ、いや力以上にささげ、聖徒たちをささえる交わりの恵みにあずかりたいと、熱心に私たちに願ったのです。

マケドニヤの教会を通して、私たちに与えられている神の恵みを考えてみると、自発が尊重され、その行動範囲は制限されず、贖いのみ業に裏打ちされた神のあわれみと言えるでしょう。それは信仰による義をもたらします。

2.放縦の危険性

ユダ1:4
というのは、ある人々が、ひそかに忍び込んで来たからです。彼らは、このようなさばきに会うと昔から前もってしるされている人々で、不敬虔な者であり、私たちの神の恵みを放縦に変えて、私たちの唯一の支配者であり主であるイエス・キリストを否定する人たちです。

あまりにも大きい自由が与えられているために、放縦に陥る人々が多いのです。その危険性を知って律法的になり過ぎることも多くあるようです
神の恵みを放縦に変えるのは不敬虔な人々なのです。
彼らは唯一の支配者を否定し、道徳を軽んじる、良心が麻痺した人々です。
放縦に陥らないために、神を敬う正しい良心を保ちましょう。

放縦⇒ギリシャ語では「好色」という言葉が使われている。
   この言葉は、罪、咎、汚れに属する言葉である。

3.壮美な神の恵み

ヘブル2:9
ただ、御使いよりも、しばらくの間、低くされた方であるイエスのことは見ています。イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をお受けになりました。その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。

イエス・キリストが私たちを愛して、罪のための身代わりとなることをどれほど願われたことでしょう。神の恵みが施されるほどに願われたのです。
つまり、神のひとり子が罪を背負って死なれることなどありえないことであり、不可能なことなのです。しかし、イエス・キリストは神の姿を捨てることは出来ないとは考えられず、滅び行く罪人を救うために限界を超えられたのです。
そのような自発のあわれみを生かすことができるのが神の恵みなのです。

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