■2023年1月15日 日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦 師)

善に親しむ 懇到切至の 兄弟愛

 

主題聖句(エペソ4:32)
お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。

 


 今年一年のモットーは「善に親しむ楽しみ、きよめられる幸せ」です。

 元旦礼拝では、(ネヘミヤ記8:10)から、まず私たちは主を喜ぶことが大事である、ということをお話いたしました。

 バビロン捕囚と70年後の解放というイスラエルの歴史的出来事が旧約聖書の預言通りに実現しました。エルサレムに戻されて、自分たちの過去の罪を悲しんでいる民に対して、ネヘミヤたちは、今からが新しい始まりなのだ、この回復は主がご計画してくださり、すべてを成し遂げてくださるのは主なのだから、まず主を喜ぶことから始めよう、「主を喜ぶことはあなたがたの力だから」と言って民を励ましたのです。それは私たちへの励ましでもありました。

 前回は「福音の成就は一新更始から」というテーマで、神殿回復の礎(いしずえ)、イエス・キリストの贖いの御業により新しく生まれ変わる「新創造」、新しく造り変えられているという信仰を持って歩むことの重要性をお話し致しました。

 今日のテーマは「善に親しむ懇倒切至の兄弟愛」です。
 「懇倒切至(こんとうせっし)」とは、すみずみまで心がゆきとどいて、このうえなく親切なこと、また真心を尽くして十分に言い聞かせること、という意味で、懇倒切至の兄弟愛によって善に親しむことを始めていきましょう、というのが今日の結論です。

 これは新しい心で始めないと無理です。イエス様を信じる前のような自己中心的な不敬虔な心では出来ません。イエス様を信じる者同士、互いに愛し合う兄弟愛によって親切を施し、善に親しんでまいりましょう。
主題聖句(エペソ4:32)
「お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」

(1)互いに親切にする

(2)心の優しい人となる

(3)主が赦してくださったように互いに赦し合う

 善に親しむためには、この三つのポイントが大事になる思います。
 そのことのために私たちは、みことばに従って色々チャレンジして、お取り扱いを受けて、そのことによって聖められる幸せを感じるようになるわけです。

 すべてのことにおいて善に親しむという新しく造り変えられた心で、クリスチャン生活を善に親しむ人生として受け止めていくために、この三つを心掛けていきたいと思います。

 今日は一つ目のポイント「互いに親切にする」を見ていきましょう。

◎互いに親切にする

A)親切は自発の心より施す
(ピレモン1:14)
「あなたの同意なしには何一つすまいと思いました。それは、あなたがしてくれる親切は強制されてではなく、自発的でなければいけないからです。」

 ピレモンはパウロの同労者です。そのピレモンの家のしもべのオネシモという人が、何か事件を起こして獄に入れられ、そこでパウロと出会い、回心して主を信じる者となりました。

 パウロは、主にある兄弟としてオネシモを受け入れて欲しい、親切を施して欲しいと、ピレモンに手紙を書いています。

 パウロ先生に言われたから仕方なく親切を施すというのではなく、愛する兄弟として喜んで自発的に親切を施して欲しいというパウロからのお願いでした。

B)親切なことば(態度)を施す
(コロサイ4:6)
「あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります。」

 親切なことばは人の徳を高めます。兄弟姉妹に対して、怒りや嫉妬などを起こさせるのでなく、いつも親切なことばを施すことによって、善に親しむ生活を築き上げていくことが出来ると思います。

C)親切なもてなしを施す
(使徒28:2)
「島の人々は私たちに非常に親切にしてくれた。おりから雨が降り出して寒かったので、彼らは火をたいて私たち皆をもてなしてくれた。」
 心の行き届いたもてなしは、心のこもった親切を感じさせます。
 もてなし方は色々ありますが、兄弟姉妹に対して私たちは喜んで親切を施すという心の動機をまず備えなくてはなりません。
 まずは親切なことばから、そして親しくなったら、もてなしによっても喜んで親切を施し、善に親しむというクリスチャン生活を進めていくことが必要ではないかと思います。

【デボーションポイント】

◎親切を施したいという願い。 

◎親切なことばを施す。

◎親切の実であるもてなし。

 これらのことを祈りの中でシミュレーションし、実行するために備えましょう。

 シミュレーションというのは、私(辻牧師)の場合、人と話をするとき、その人を思い浮かべながら、その人の救われた状況やバックグラウンド、家庭状況、性格、性質、教会での奉仕など全て含めて、どのように言葉を切り出せばいいのかとか、どういう言葉を使うと傷つくだろうかなど、祈りの中で考えてから、カウンセリングや交わりに入ります。

 皆さんも何か親切を施す場合には、どういうことばを用いるのが良いか、親切なことばは良い心から出るものですから、よくシミュレーションをしてください。

 そして、親切なことばが語れるような気遣いができるような兄弟姉妹の関係が出てくると、自然と、もてなしにつながっていきます。そうなると、シミュレーションも楽しくなり、親切を施すのが楽しくて仕方なくなります。

 善に親しむ神の子として新しく生まれ変わったクリスチャンの新しい心で、よくシミュレーションをして、親切を施していくことをお勧めいたします。

 そのためには、主を喜ぶことです。それが私たちの力ですから。
 主を喜ぶとは何を喜ぶのでしょう。

 罪の奴隷となっていた私たちのために、イエスキリストが地上に来られて贖いの御業を十字架の上で成就してくださいました。

 バビロンに連れていかれたユダヤ人が、現実に捕囚から解放されてエルサレムに帰って来たという歴史的事実、それは私たちが神の国に帰るためのイエス・キリストの救いが成就し始めた、礎石が据えられたということなので、だから私たちは主を喜ぶのです。

 私たちの力で町や神殿を再建するのではありません。私たちの力で自分を神の子として変えていくのでもありません。このことは神から出たことなのです。

 そのように主を喜んで、私たちのこの新しく造り変えられた人生において善に親しむ楽しさを味わっていき、その途上にある様々な葛藤や試みは、それが聖められる幸せなのだと気付いていくのです。

 まず、いろんなところでの親切や気遣いを心掛けていきましょう。

 教会では駐車場係りの方や音響係の方など、見えない所で心配りや親切をしてくださっている方が多くおられます。どれだけ見えないところで心配りをして親切を施し奉仕をしてくださっているかを、皆さんも親切心によって見回してみてはいかがでしょう。

 施しを受けるばかりではなく、親切な心を施すことが出来るように、チャレンジしたいものです。

【短歌】

 善行に  親しむための  施しは
  親切・やさしさ  赦しの心