■2020年8月2日 日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦 師)

洗い取るきよめ   up 2020.8.2

 主題聖句(ヨハネ13:14)
それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。

 きよめられるというメッセージに対して、できない、無理という気持ちが強く頑なになり、きよめに対して抵抗してしまう人もおられるかもしれません。しかし、汚れを洗うことは毎日している普通のことであることに気づいて、難しいという気持ちをなくしていただけたらと思います。

 当時パレスチナ地方は埃っぽく、外から帰るとまず足を洗わないと家に入れない状況でした。ですから、足を洗うという風習は普通のことでした。これをイエス様はひとつのきよめの象徴として、互いに足を洗い合うことを語られました。

 きよめられていくクリスチャン生活とは、ごく普通に私たちが自然にやっていることなのです。足を洗わないで家に入るということは不潔なことで、ありえないことだったように、日本では土足で家の中に入ることはありえません。外出して足は日本では洗いませんが、毎日洗うものと言えば食器です。食器を洗うことからきよめについて考えてみましょう。

1.食器を洗うように

(マタイ23:25~26)

「わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは杯や皿の外側はきよめるが、その中は強奪と放縦でいっぱいです。目の見えぬパリサイ人たち。まず、杯の内側をきよめなさい。そうすれば、外側もきよくなります。」

 食器は毎日洗うものです。次の日まで置いておくと汚れがこびりついて大変なことになります。日本は衛生面は非常に気をつけています。こういう衛生的な環境に慣れているので、汚れに敏感になっています。

 ただこういう衛生面には神経質すぎるくらいなのに、罪、汚れに対しては鈍感になっていないでしょうか。永遠の命に関わる罪に対して、もっと敏感になる必要があります。難しいと諦めて洗わない状態にならないでください。

 食器を毎日洗うことは、それほど難しいとは思わないはずです。そのように罪やけがれも毎日洗う必要があります。

A) 汚れている食器は使わない

 洗うときに気をつけるべきは、内側をまずはしっかりと洗うことです。外側がいくらきれいでも、内側が汚れているような食器は使いたくありません。それなら私たちも心の内側が汚れた(けがれた)ままでは嫌だと思うべきです。放っておくべきではありません。いつも内側のけがれをきれいにしていくことを心がけていけば、それほど大変なことではありません。神様に用いられる器になりたいものです。

B) 外側よりも内側をしっかり洗う

 どんなにボロボロな器でも内側はきれいにして使います、逆にどんなに高級な器でも内側がきたなければ食物を入れたくありません。

C) 内側を洗った食器は、きよくなった食器である

 私たちの外側の肉には罪があります。しかし、内側の心が神を敬う信仰を持っていたら、神様は使える器と見てくださいます。私たちの清潔感を内側の心のけがれに対しても、もっと持ってください。罪、けがれに対してもっと敏感になりましょう。いつも毎日洗っていけばきれいになっていきます。ためてしようとすると、時間も体力も余計にかかるようになります。 

2.食器の内外を洗う

(ル力11:39~41)

「すると、主は言われた。「なるほど、あなたがたパリサイ人は、杯や大皿の外側はきよめるが、その内側は、強奪と邪悪とでいっぱいです。愚かな人たち。外側を造られた方は、内側も造られたのではありませんか。

とにかく、うちのものを施しに用いなさい。そうすれば、いっさいが、あなたがたにとってきよいものとなります。」

 ルカの福音書ではうちのものを施しに用いなさいと言っています。それがきよくなる秘訣です。

A)汚れのひどいのは内側

 人は外側の汚れよりも、内側の汚れのほうがひどいとイエス様は言われました。貪欲という汚れはなかなか簡単に取れるものではありません。一気にとろうと思ってもなかなかできません。しかし時間をかけてやればだんだんきれいになっていきます。毎日の積み重ねが大切です。

B)心を施しに用いて洗浄する

 イエス様のきよめの血潮は神様の愛と思いやりです。施しのギリシャ語訳は 慈悲、恩恵を注ぐことを意味します。それは特に、貧しい人々への思いやりに表されます。

 これくらいの汚れは何ともないと妥協せず、イエス様のきよさに近づくことを目標にして日々努力していきましょう。

主題聖句の洗足式に重ね合わせると、互いに足を洗い合うというのは、互いに認め合い、相手の汚れを見ても、すぐに裁かず猶予を与えるということです。これが恩恵を与えるということです。

 まだ悔い改めるチャンスを神は与えてくださっています。私たちは神様から赦されている、見逃していただいているというのは大きな恩恵です。

 貧しさとは、心や霊的なことも含みます。心の狭い人、感情的でセルフコントロールの難しい人は貧しい状態です。そういう人に対し忍耐して、互いに思いやりをもち、情けを掛け合うことが心をきよめるということです。ルカは医者としてこういう面をさらに深く理解していたかもしれません。 

【デボーションポイント】

◎斎戒沐浴(さいかいもくよく)を意識して、その日を始めましょう。

 これは主を畏れるということを意味しています。 

★「斎戒沐浴」(さいかいもくよく)の意味

 神仏へのお祈りや神聖な儀式の前に飲食や行動を慎み、水で髪や体を洗い心身を清めること

 つまり心を律するということです。私たちの日々の生活は、イエス様の証人としての歩みです。神の前における生活であり、努めです。毎日朝デボーションをする時、斎戒沐浴を心がけて一日を始めましょう。

【俳句】

 香水で 内なる汚れ ごまかすな

 8月の季語は香水です。施し、すなわち互いに憐れみ合い、助け合いながら心の内側をきよめていきましょう。