■2022年11月20日 日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦 師)

ふさわしくない香り

主題聖句(ヤコブ1:20)
人の怒りは、神の義を実現するものではありません。

 

 キリストの良き香りというテーマで話してきましたが、ひとつぐらいは良くない香りについて語りたいと思います。
 
 このふさわしくない香りのことで悩んでいる方もおられると思います。

 「怒り」について今日は語ります。怒りはできる限りセーブする必要があります。何故なら人の怒りは自己中心であり、神の怒りのみが正しいからです。
 
 どんな言い分があり、立場があったとしても、怒りは正しくありません。私たちは罪の影響を常に受けているからです。
人の怒りは神の義を実現するものではなく、自分の義を実現したいからに他なりません。

〈人の怒り〉

1)(詩篇37:8)
「人の怒りは、神の義を実現するものではありません。」

●決して正義をもたらさない
 神の怒りとは、罪に対する裁きの表現であり、神の義を全うし守るために、神のたてられた秩序をこわす者を罰するためのものです。神は罪や違反に対しては厳しい態度で処罰される方です。
 しかし、人が怒りをもって相手を裁こうとすると、そこには感情が入り、2倍返しや3倍返しにもなってしまいます。そして無意識に神の立場に立っていることになります。私たちは裁き主ではなく律法を守る立場のものです。
2)(箴言29:22)
「怒る者は争いを引き起こし、憤る者は多くのそむきの罪を犯す。」

●争いの原因、逆らい従わない
 怒りを持ち続けると必ず争いになります。
 
 憤るとは、怒りを行動に表すことです。そして行動に表すとそむきの罪を犯すことになります。

●自分中心の義を押し通す
 従わないで、自分中心の義を相手に押し通そうとします。自分の思う義が正しいと決めつけます。

 どちらも、自分の欲求を満たそうとしており、満たせないと不満になり、納得できないと怒るのです。

 納得できなくても怒る必要はありません。怒るのはあなたの意見に相手が合わないからです。

 神の義に逆らっている人を見ても、あなたが怒る必要はありません。むしろ憐れむべきです。自分も怒りを引き出されることで神に裁かれないようにしましょう。

〈怒り続けるとどうなる〉

1)(箴言14:29)
「怒りをおそくする者は英知を増し、気の短い者は愚かさを増す。」

●愚か=程度(人間性、道徳性)が劣る、馬鹿。阿呆
 馬鹿、阿呆ということばは秦の時代にできたことばです。
当時の皇帝の権威を振りかざすためになされた愚かなことが、後になって、馬鹿、阿呆ということばで言い伝えられることになったのです。

●自分の恥をさらす
 気の短い人は結局は自分の恥をさらしてしまいます。

2)(エペソ4:26~27)
「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。」

●悪魔の餌食になってしまう
 これは霊的な問題をもたらす原因となります。怒り続けると悪魔に機会を与えて悪魔の餌食になり、怒りが抑えられなくなり、遂にはものを壊したり、相手を傷つけたり、自分のしたことが分からなくなってしまいます。霊的に非常に危険なことです。
 
 怒りという感情や憤りは誰でも持つことはあります。しかし、それを明日まで引きずらないようにとみことばは忠告しています。
 
 何年も恨み続け怒り続けると悪魔に入る機会を与えてしまい、せっかくきよめられたあなたの魂が悪霊に占領されてしまいます。大変恐ろしいことです。

 怒りの感情は誰でも持ちますが、ずっと持ち続けると、その怒りを餌食にして悪霊に支配され、性格も怒りやすくなり、周りを傷つけ、魂まで滅びにもっていかれてしまいます。

〈デボーションポイント〉

◎怒りへの対処
(箴言19:11)
「人に思慮があれば、怒りをおそくする。その人の光栄は、そむきを赦すことである。」

 赦さないということは怒りを持ち続けることです。
 思慮がある人は怒りをコントロールすることができます。思慮深くなると怒りを遅くして抑えることができます。
(箴言15:32)
「訓戒を無視する者は自分のいのちをないがしろにする。叱責を聞き入れる者は思慮を得る。」

●訓戒や叱責を聞き入れること
 ここに思慮深くなるための薦めがあります。訓戒や叱責を受け入れると怒りは収まります。感情的に生きるのか、思慮という知性に従うかです。これは意志によって選び取れます。

 クリスチャンは助け主なる聖霊様が内におられるので、怒りという感情に従わないで、思慮という知性に従うという意思決定ができるようになります。ただ、聖霊様により頼んでいないならできません。

 聖霊様により頼むと、自分の力ではできなくても、聖霊様に助けていただいて、怒りの感情を制御できるようになります。

 体に宿る罪は欲求を利用して怒りを刺激してきます。怒りが出てしまうのは仕方ありません。
 しかし、それを持ち続けたらいけません。早いうちにみことばによって自分に訓戒や叱責を与えましょう。

 ですから、聖書をいつも読むことは大切です。みことばから知恵のことばが与えられて、みことばに従うという訓練がされていき、怒りをすぐに抑えられるようになっていくのです。
怒りを抑える訓練をしていきましょう。
(箴言9:10)
「主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。」

●聖なる主を知り畏れること
 警察が見ている前で違反をする人はいません。同様に神がいかに偉大な方であるかを知り畏れるなら、罪を犯すことはできなくなります。
 
 神を知るほど、怒りを抑えやすくなるのです。イエス様を信じることを通して聖なる主を知り、学んできています。

 祈りを通して神さまと向き合い、自分の心を吟味していきましょう。みことばの忠告を聞き入れ、行いを変えていくなら、神は喜んでくださいます。

【短歌】
主を畏れ 怒りを鎮めて 思慮深い 
キリストの香り 漂わせよう