■2018年9月16日 日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦 師)
老馬之智(ろうばのち) 

主題聖句(レビ19:32)
あなたは白髪の老人の前では起立し、老人を敬い、またあなたの神を恐れなければならない。わたしは主である。

 

 今日は敬老の祝いにちなんだメッセージです。
 老馬之智(ろうばのち)とは、経験を積んで、物事に練達した知恵のことです。
 
 馬は一度通った道は決して忘れません。特に老馬は多くの道を通って来たという経験があります。
 これは中国の戦国時代にあった話です。戦いが長引き冬になり雪で状況が判らなくなってしまった時、将軍が老馬を放ちました。するとその老馬は通るべき道にみんなを導いてくれたという故事からきた話です。
 私たちも経験を積んでいくに伴い知恵を増します。知恵の宝庫とも言うべき高齢者の方々が、日本には多くおられるということは日本の財産です。
 
 しかし、高齢者は経済成長の観点からは若い人々にうとまれてしまいがちです。私たちは、この故事のように、老馬に知恵を乞う謙虚さを身につけ、年配の方々を敬うことが大切です。
 
 レビ記は神様の宗教的な規律、律法が記されています。心構えの第一は主を恐れることであり、見える形では老人を敬うということです。
「老人の前では起立し」とあります。
それほど敬虔な心で、人生の経験者である老人を敬うことが大切です。

1.老いた父と母を敬う(箴言23:22)
「あなたを生んだ父の言うことを聞け。あなたの年老いた母をさげすんではならない。」
 
 両親の言うことを聞き、さげすんではならないという意味です。外目には老人は弱々しく見えます。しかし認知症の方でも昔の事は忘れていません。彼らの語る昔のことは、しっかりと聞いて心にとめる必要があります。それは知恵の宝庫だからです。さげすんではなりません。
 認知症によって昔の記憶がさらに繊細に思い出されてくるようです。これは不思議な能力です。
 みことばを3つ挙げますので、ぜひ読んでください。

A)(箴言1:8~9)
「わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教えを捨ててはならない。 それらは、あなたの頭の麗しい花輪、あなたの首飾りである。 」

 日本の男性にとっては頭の花輪という習慣はありませんが、外国では喜びの象徴であり、栄えの証しです。
 また首の飾りというのは、胸に飾るものなので、自尊心、誇りを表します。そのように父母の訓戒を大事にしましょうということです。

B)(箴言4:1~6)
「子どもらよ。父の訓戒に聞き従い、悟りを得るように心がけよ。 私は良い教訓をあなたがたに授けるからだ。私のおしえを捨ててはならない。 私が、私の父には、子であり、私の母にとっては、おとなしいひとり子であったとき、 父は私を教えて言った。「私のことばを心に留め、私の命令を守って、生きよ。 知恵を得よ。悟りを得よ。忘れてはならない。私の口の授けたことばからそれてはならない。 知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ。 」

 失敗も含め、父の教訓に聞き従いなさいということです。失敗はむしろ教訓となります。

C)(箴言6:20−23)
「わが子よ。あなたの父の命令を守れ。あなたの母の教えを捨てるな。
それをいつも、あなたの心に結び、あなたの首の回りに結びつけよ。これは、あなたが歩くとき、あなたを導き、あなたが寝るとき、あなたを見守り、あなたが目ざめるとき、あなたに話しかける。 命令はともしびであり、おしえは光であり、訓戒のための叱責はいのちの道であるからだ。」

 特に母親は子どもを心配するあまり、小さいことを注意したりします。それは子どもを愛しているからです。それを無視したりさげすんではいけません。
 両親を敬うということは主を敬うことにつながります。ですから、十戒の中に「あなたの両親を敬え」とあります。
 創造主を敬うということは、あなたを生んだ両親を敬うというところから始まります。

2.美しく老いる(テトス2:2−3)
「老人たちには、自制し、謹厳で、慎み深くし、信仰と愛と忍耐とにおいて健全であるように。 同じように、年をとった婦人たちには、神に仕えている者らしく敬虔にふるまい、悪口を言わず、大酒のとりこにならず、良いことを教える者であるように。 」

 婦人のみならず男性も同じです。お酒に逃げてしまってはいけません。また、すべての人にとってこれらのことは必要なことです。このような好かれる老人は祝福する特権を持っています。
上から受けた祝福を次世代に継承していく特権が与えられています。

A)祝福する特権(創世記48:9−10)
「ヨセフは父に答えた。「神がここで私に授けてくださった子どもです。」すると父は、「彼らを私のところに連れて来なさい。私は彼らを祝福しよう」と言った。 イスラエルの目は老齢のためにかすんでいて、見ることができなかった。それでヨセフが彼らを父のところに近寄らせると、父は彼らに口づけし、彼らを抱いた。」

 これは年老いたヤコブがヨセフの息子たちに祝福を与える箇所です。
 高齢になった人が最も大きな祝福を与える特権をもっています。ですから、高齢者の方々は悪口ではなく子孫を祝福する特権をもっているということを自覚して、若い人々を祝福してください。私もそのように祝福を語りながら天に召されたいと思います。
 そのためにも、尊敬される人として、自制、謹厳、慎み、信仰と愛と忍耐ということにおいて敬虔にふるまうことを心がけていきましょう。
 愚痴ばかりの希望のない老後にならず、また自分の楽しみばかり追うのではなく、人々を祝福する老後を送りましょう。そのように人々に喜ばれる老人になるのが美しく老いることです。

【デボーションポイント】
老いることの素晴らしさ、幸いについて考えてみましょう。

(参考)昔話「花咲かじいさん」から教えられること。
『正直なおじいさんとおばあさん、欲深いおじいさんとおばあさんという二組の夫婦が出てきます。
 正直なおじいさんは子どもがいないので一匹の犬をシロと名付けて子供のようにかわいがっていました。
 ある日おじいさんはシロに従って、畑を掘ってみるとたくさん小判が出てきました。それを見ていた隣の欲張りじいさんは、シロを無理やり借りて来て畑を掘ってみましたが、出てきたのはガラクタばかりでした。それに腹を立ててなんとシロを殺してしまいました。
 悲しんだ正直じいさんはシロを庭に丁重に埋めてやりました。そこに一本の木が生えてきて、みるみる大きくなり、正直じいさんはその木を切ってシロが好きだった餅をつくために臼をつくり、それで餅をつきました。するとどんどん臼の中から財宝があふれてきました。
 それを見た欲張りじいさんはその臼を借り、餅をついたら小判ではなく汚物があふれてきたので、怒って臼を壊して燃やしてしまいました。 
 正直じいさんは悲しんでその灰を持って帰り畑にまくと、風がその灰を運んで周りの木にかかり、みごとな花が咲き乱れました。
 そこへ殿様が通りかかり、灰をまくと枯れ木に花が咲いていくその不思議さと美しさに感動し、正直じいさんにほうびを取らせました。 それを見た欲張りじいさんは、さっそくその灰を取り上げ、自分もほうびをもらおうと殿様の行列が来た時に、灰を木にふりかけましたが、灰は殿様にばっさりとかかり、とうとう牢屋に入れられてしまいました。』という話です。

 ここで何を学びますか。欲深い年寄りは嫌ですね。また、この正直じいさんは欲深いじいさんを少しも責めません。起きたことをそのまま受け止めて怒らず穏やかに前向きに過ごしています。私たちはこの両方のおじいさんから学ぶことが出来ます。
 失敗や成功、様々なことを経験してこられた高齢者の方々を敬い、大切にしましょう。

【俳句】 
虫の音に 耳を傾け なに思う

 小さな虫の音にも耳を傾けるなら、色々なことが思わされます。
 忙しいときこそ自然に耳を傾け、心をきよめて正しい良心に心を変えて、神を恐れる心からでてくる穏やかさを大切にしましょう。
 そのように謙虚な心で、高齢の方々の話しにも、ぜひ耳を傾けてください。