■2020年6月21日 日曜礼拝メッセージより(辻和希伝道師、横路伝道師)

通常の礼拝に備える・聖霊を受けることは約束

主題聖句
(ローマ12:11)
勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。
(ル力11:13)
・・・とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。


【辻和希伝道師メッセージ】

「通常の礼拝に備える」

コロナの状況もだいぶ落ち着いてきた今日この頃、特に広島の街は通常に戻りつつあるように思います。教会でも、長らく配信による礼拝が続いてきましたが、6月から5つのグループに分けて、教会の礼拝に来ていただけるようになり、また7月からはグループを2つとし、隔週で教会に来ていただけるようになります。みなさんと同じ場所で礼拝をささげることができることを心待ちにしていると同時に、自宅での礼拝期間が長かったために、日曜日に教会に行くという習慣に戻すのは、意外に大変なことかもしれません。そこで、通常の礼拝に戻りつつある中で、備えとして次のみことばを主からのみことばとしたいと思います。

(ローマ12:11)
勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。

毎週の礼拝を守る姿勢とは、勤勉であると言えるでしょう。しかも怠らないということは、今も続けているということです。コロナ渦以前は、教会で礼拝が当たり前でしたが、その当たり前の状況を中断させられてしまいました。闇の力は、この機をチャンスと狙って、私たちに怠け心を植え付けていないか、セルフチェックすることが必要です。箴言には知恵者中の知恵者おして蟻が登場します。一般的にも「アリとキリギリス」から、勤勉な生き物として知られています。蟻は夏の間に食料を蓄えることが知恵者とされ、そこから勤勉さを見ることができるように、私たちも世界がどのような状況にあっても、神様を礼拝することに対しては、怠け心というスキを与えてはいけないのです。闇の力は私たちが神様を礼拝することをあらゆる手段で妨害してきますから、今一度備えないといけません。

教会での礼拝が復活すれば、私たちは二つのことを思い出すでしょう。一つは、霊に燃えることです。礼拝堂に満ちる聖霊様の臨在に触れたとき、私たちの霊は燃えますし、また兄弟姉妹との交わりを通しても、励ましや徳が高められ霊に燃えるのです。そしてもう一つは、主に仕えることの喜びです。主への仕え方は人それぞれですが、教会における主への仕え方は礼拝奉仕に限らずあらゆる場面にあります。会食、そうじ、送迎、あいさつ、必要への手助け、新来者を歓迎するなど、自然的なことから、集会や祈祷会に参加することも、主に仕える一つの姿勢なのです。

教会での礼拝は、私たちクリスチャンの成長には欠かせない成長の要素がたくさんあります。ローマ12:11を備えのみことばとして、来週も礼拝を楽しみにしてまいりましょう。

 

【横路伝道師メッセージ】

 今日は聖霊様について考えてみました。聖霊を受けるということはクリスチャンにとって、とても大切なことです。

1.聖霊を受けることは約束

1)求める者に必ず聖霊を下さる約束

(ル力11:13)

「・・・とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」

2)すべての人に注がれる約束

(ヨエル2:28)

「その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。」

3)イエス様が父なる神に願われた約束

(ヨハネ14:16a)

「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。」

2.聖霊を受けるよう主が命じられた

(ヨハネ20:22)

「そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。』」

 ~そして、ペンテコステの日に成就した~

 聖霊様を求めて生きることが私たちには必要です。

3.聖霊はどんなお方か

 (人格-神格を持っておられる助け主)

 聖霊は、何か霊的な影響力というものではなく、人格を持っておられる神様です。

1)力と愛と慎みの霊 ~力の賜物、愛と慎みの実~

(第2テモテ1:7)

「神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。」

*(第2コリント10:4)要塞をも破るほどに力ある

2)教え、導いてくださるお方

(ヨハネ14:26)

「・・・聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしが話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」

(ヨハネ16:13)

「・・・真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。」

3)いつまでもともに私たちの内に住まれるお方

(ヨハネ14:16b)

「その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。」

4)私たちの内に住まれるお方

(ヨハネ14:17b)

「・・・この方はあなた方とともに住み、あなたがたの内におられるからです。」

5)私たちのためにとりなし祈ってくだきるお方

(ローマ8:26)

「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けて下さいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。」

 助け主であり、いつまでも共にいてくださる聖霊様は、私たちが痛み苦しみ、祈れないほど辛い時に、聖霊様が私たちの代わりに祈ってくださり、深いうめきによってとりなしてくださるのです。そのような聖霊様が私たちの内におられるということは、なんと幸いなことでしょうか。

◎エペソ6:18a

「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。」

4.聖霊に対する私たちの態度

1)聖霊を消す

(第1テサロニケ5:19)

「御霊を消してはなりません。」

 消すということは、存在を無視することです。聖霊様が、みことばを通して御声をかけておられるのに、無視していることはないでしょうか。例えば、「みことばに従いなさい」「赦しなさい」「愛を示しなさい」「今証ししなさい」等、聖霊が今するようにと示された時に、応答しなかったり従わなかったり、恐れて自分の考えを優先し、その導きを無いものにし、もみ消すことがないでしょうか。それが、聖霊様を消していることになってしまいます。しかし、聖霊様は無理やりさせようとはされないで、無視されてもじっと忍耐して待っておられるお方です。

2)聖霊を悲しませる

(エペソ4:29~32)

「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」

 聖霊様を無視し続けると、私たちの内に住んでおられる聖霊様は居心地が悪いのではないでしょうか。聖霊様の存在を消し続けるなら、聖霊様は悲しまれます。昔、パリサイ人や祭司長たちは、イエス様の存在をねたんで無視しました。イエス様は悲しまれたと思います。

 イスラエルの人たちも、荒野で神様に逆らいました。私たちも、自分の人生の中でどれだけ聖霊様に逆らって、悲しませてきたことでしょうか。聖霊様は、天国に行くための証印です。この方を消したり、逆らったり、無視するなら、悲しまれます。もしそのようなことをしていたら、悔い改めましょう。そうすれば、聖霊様はすぐに帰って来てくださいます。なぜなら、世の終わりまで共にいると約束してくださっているからです。

 聖霊様を悲しませないようにしましょう。いつもとりなしてくださる聖霊様を愛し大切にして、いつも共に歩んでまいりましょう。