Devotion note

見られる信仰、あがめられる神



第2コリント3:17~18
主は御霊です。そして、主の御霊がおられるところには自由があります。私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。

◆鏡のように反映する

・私たちは光源ではない
・鏡がどんなに美しくても、光を生み出すことはできない
・鏡が光っているように見えるなら、それは光が当たっているから
 

◆御霊なる主の働き

使徒3章
「美しの門」での奇跡

・御霊は人を通して働かれる
・しかし、人を目立たせるためではない
・御霊はイエス様の栄光を現される
(ヨハネ16:14)
御霊はわたしの栄光を現されます。わたしのものを受けて、あなたがたに伝えてくださるのです。
 

◆光のゴールは人ではなく、父なる神

(マタイ5:16)
このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。

・私たちは光そのものではなく、主の栄光を反映する者
・最終的に見上げる先は人ではなく、父なる神
 

◆まとめ

御霊はこう問いかけておられます。「あなたは、誰を映しているか」「その輝きは、どこへ向かっているか」。御霊と共に歩む私たちの歩みには、自然と御霊が働き、誰かの目に留まり、心に届き、そして最終的に、神の栄光へと帰されていきます。