Devotion note

十字架へ向かうイエス



ルカ9:51~62
さて、天に上げられる日が近づいて来たころのことであった。
イエスは顔をエルサレムに向け、毅然として進んで行かれた。

◆十字架への決意

・エルサレムへ向かう旅
・その旅の終わりは十字架
・御顔をエルサレムに向ける 
  →後ろを振り向かない、揺るがない非常に強い決意
・十字架は偶然ではなく救いの計画
(マルコ10:45)
人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのです。
 

◆イエスの決意と人の期待の対比

・サマリヤでの拒絶と弟子の反応(53~55)
・三人の「ついて行きます」(56~62)

イエス様は、火を降らせるためや、無理やり弟子にするためではなく、十字架にかかるために来られた。
ここにイエス様の愛の深さがある。
 

◆救いの福音と弟子の招き

・救いへの招き
 無条件、恵み、信じるだけ (エペソ2:8)
 ※覚悟や功績は条件ではない

・弟子として生きる招き
・十字架を負う、すべてを捨てる
(ルカ9:23)
イエスは皆に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。

(ルカ14:27)
自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。

救いの条件ではなく弟子の道
 

◆まとめ

イエス様は、私たちを救うために十字架へ向かう決意をされました。
私たちの決意が救いを生んだのではなく、イエス様の決意が私たちを救ったのです。
だから私たちは、この愛に信頼し、この方について歩んでいきます。