2018 devotion

豚魚之信(とんぎょのしん)

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【豚魚之信】
すべての人に真面目で正直な心を行き渡らせることのできる。徳のある人のこと。または、そうした誠実な心のこと。
「豚魚」は豚と魚のことで、下賎な人のたとえ。
豚や魚にまで、真面目で正直な心を行き渡らせることが、信の心の究極であるとされている。

ルカ6:36
あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。

 

1.「あわれみ深い」の原語からの意味

ギリシャ語
慈悲深い(情け)、あわれみ深いと訳される。
意味としては、仲間、友愛的な、調和した、ぴったりと合った。
 

友愛的慈悲深さのことで、兄弟への愛や友人に対する親愛の情をもっていつくしみ、あわれむ心をいう。
 

 

2.「あわれみ深い」とは
ルカ6:35
ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。

(ルカ6:27〜34を参照)
しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行ないなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着も拒んではいけません。すべて求める者には与えなさい。奪い取る者からは取り戻してはいけません。自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。自分を愛する者を愛したからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、自分を愛する者を愛しています。自分に良いことをしてくれる者に良いことをしたからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、同じことをしています。返してもらうつもりで人に貸してやったからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。貸した分を取り返すつもりなら、罪人たちでさえ、罪人たちに貸しています。

自分の敵や恩知らずの悪人にも、あわれみ深い
 

敵や恩知らずの悪人に対してでも、有用で役に立つ存在としてあきらめずに兄弟愛や友愛的な心を示す。
 

 

3.あわれみ深い行動
ルカ10:37
彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」

(ルカ10:30〜36も参照)
イエスは答えて言われた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で、強盗に襲われた。強盗どもは、その人の着物をはぎとり、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行った。たまたま、祭司がひとり、その道を下って来たが、彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」

助けてやろうという深い思いやり、あわれみ、同情からの行動。
 

すべての人は神様からのいのちを授かっているのだから、そのいのちを大切にあつかう行動をとること。
 

今は敵であり恩知らずの悪人であっても、将来は友人となり、善人となることを信じて親切をすること。
 

 

【デボーションポイント

言葉による祝福だけではなく、祝福する行動としての親切を続けることが、「豚魚之信」あわれみ深さである。

 

【俳句】
    巣の下を  毎日掃除す  去ぬツバメ

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それでは また来週