ルカ15:16〜20
彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。立って、父のところに行って、こう言おう。「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。
3月26日(月)〜3月31日(土)
下記のポイントから自由にデボーションしてください。
自分を見失うことは罪の中にいることです。本来の自分はどこにあるのでしょう。悔い改めは、本来の自分に立ち返ることなのです。
1.自分を見失わせるもの
A) |
ガラテヤ6:3
だれでも、りっぱでもない自分を何かりっぱでもあるかのように思うなら、自分を欺いているのです。 |
B) |
ヤコブ1:22
また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。 |
C) |
第1ヨハネ1:8
もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。 |
D) |
箴言14:8
利口な者は自分の知恵で自分の道をわきまえ、愚かな者は自分の愚かさで自分を欺く。 |
E) |
オバデヤ1:3
あなたの心の高慢は自分自身を欺いた。あなたは岩の裂け目に住み、高い所を住まいとし、「だれが私を地に引きずり降ろせようか。」と心のうちに言っている。 |
F) |
ハバクク2:5
実にぶどう酒は欺くものだ。高ぶる者は定まりがない。彼はよみのようにのどを広げ、死のように、足ることを知らない。彼はすべての国々を自分のもとに集め、すべての国々の民を自分のもとにかき集める。 |
2.本来の自分
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使徒26:20
ダマスコにいる人々をはじめエルサレムにいる人々に、またユダヤの全地方に、さらに異邦人にまで、悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行ないをするようにと宣べ伝えて来たのです。 |
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本来の自分はどこにあるのか ⇒ 「神に立ち返り」=神のもと
それは「神を畏れる」こと=正しい良心を自覚すること
放蕩息子は、「我に返り」、父の家に帰ったように、私たちも本来の自分である「正しい良心」を自覚し、父なる神のもとに帰る、すなわち、神のみことばに喜んで従うことです。
今週、自分を見失っていないかをよく吟味して、正しい良心を自覚した生活を送りましょう。 |
毎日、神のもとに自分がいるかを確認しましょう。