ピリピ1:21
私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。
3月5日(月)〜3月10日(土)
下記のポイントから自由にデボーションしてください。
今年のテーマは「正しい良心をもって主を知る」ということです。私たちは、日々語ってくださっている主のことばに対して、さまざまな心の動きをしているのではないでしょうか。今週は「全能の主〜不可能のない主」について、聖書の登場人物の主への応答を通して、主が私たちに教えておられることを考えてみましょう。
1.マリヤの場合〜主が語られたことばを受け入れた
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ルカ1:38
マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。 |
御使い |
「神にとって不可能なことは一つもありません。」 |
マリヤ |
「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」 |
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マリヤはどうして、自分が不利に追い込まれるような主のことばを受け入れることができたのでしょうか。 |
2.アブラハムの場合〜主のことばに、一時、人間的対応をした
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創世記17:1、17
「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。・・・・
アブラハムはひれ伏し、そして笑ったが、心の中で言った。「百歳の者に子どもが生まれようか。サラにしても、九十歳の女が子を産むことができようか。」 |
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見える状況で主のことばをはかってしまうと、信仰が働きにくくなります。
私たちは、もはや見えるものに左右されない者になっているのではないでしょうか。 |
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ローマ4:21
神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。 |
3.エリヤの場合〜状況を恐れた
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第1列王記19:3〜4
彼は恐れて立ち、自分のいのちを救うため立ち去った。ユダのベエル・シェバに来たとき、若い者をそこに残し、自分は荒野へ一日の道のりをはいって行った。彼は、えにしだの木の陰にすわり、自分の死を願って言った。「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちにまさっていませんから。」 |
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恐れは、主が私たちに与えておられる可能性を引き出すことを困難にします。
私たちには、死からよみがえられた全能の主のいのちがあることを覚えて、日々歩んでまいりましょう。 |
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ヘブル10:39
私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。 |